気まぐれ主婦猫リリの日々

~宇宙人(電波系)の旦那(他星雲へ赴任中)、多感な年頃の娘と、ヤンチャなオス猫に囲まれた主婦猫リリの妄想の日々の暮らし~

気まぐれ主婦猫リリの日々


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産まれて来る事 死を迎えると言う事

 

こんにちは。リリです。

閲覧ありがとうございます。

 今、心の中が空っぽです。

これから、少しずつ整理して行きます。

 

 

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急に、思いもしない知らせが入った。

ある人の母親が、亡くなったと。

まだ、六十代前半でした。

 

 

その二、三ヶ月前、友人が、子供を産んで、亡くなった。

そんな事があるとは、誰もが考えていなかった時、それは、急にやって来た。

旦那様と、産まれたての子供を残し、友人は、いなくなった。

 

 

そして、なんのいたずらか、今度は友人の旦那様の実母が、亡くなったと…。

私は、暫く、呆然と立ち尽くした。

 

 

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この数カ月の間に、妻と母親を亡くした旦那様。

痛すぎた。

私は、気を取り直して、礼服の用意をした。

 

 

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そんな最中、リリ夫から電話があり 「今回は、身内だけで、葬儀をやりたいので、そっとして欲しいと」 連絡を受けたので、そうしようと。

 

 

私は、うつむいて、噛みしめると、礼服を戻した。

 

 

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何をしても、全てはもう、戻っては来ない。

そんな現実の中で、虚ろに宙を見つめていた。

 

 

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【私は、普通が分からない】

 

 

少し、特殊な環境で育ちました。

ずっと、テレビで時々目にする環境が、普通だと思っていました。

友人に言ったら、大笑いされて、テレビの中が普通でない事を、幼心に知りました。

 

 

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リリ夫も又、少し変わった環境で育ったので、私に何かを感じたのかも知れません。

 

 

そんな環境でしたので、私は結婚する気も、子供を授かる事も、考えた事がありませんでした。

 

 

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リリ夫と出会って、結婚は思いがけずしたのですが、一緒にいる理由だけで、形式的で、家庭も良く分からずに、何となくフラフラと遊び回っていたので、子供を授かる事は、望みませんでした。

 

 

リリ夫も、理解していた様です。

 

 

そんなある日の夜中に、酷い腹痛がして、翌日まで苦しみました。

早朝、病院に行き、そのまま入院となりました。

“ 腸閉塞 ” でした。

飲まず食わずで、点滴で寝かされ、朦朧とする中で、なぜかK先生が来たのです。

 

 

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K先生『まだ、子供いないんだって?出来ないんか?』

私は、望んでいない事を告げると、こう言いました。

K先生『そろそろ、ラストチャンスだな』

その言葉に、なぜ内科に、産婦人科のK先生が、来たのかを知りました。

 

 

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K先生『明日から産婦人科に移動だからな』

そう言うと、病室を後にしました。

 

 

そんな事があるのだろうか?

 

 

次の日、一度退院と言う形になり、産婦人科に、再入院させられました。

 

 

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その時点で、三十は超えていました。

それでも、恥ずかしく、痛く、激痛の中での数々の検査が、ありました。

どうやら、私は、授かりにくい体質だった様です。

世間で言う “不妊症” ってヤツみたいです。

 

 

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中でも “卵管造影” は、痛くて痛くて、恥ずかしさを通り越し、激痛が走りました。

(通常は、特に何も感じないそうです)

 

 

卵管と言う、卵子が降りてくる管に、左右にレントゲン液を入れ、レントゲンを撮ると言う検査。

 

 

その結果、片方の卵管が通っていないので、妊娠しづらい事が分かりました。

 

 

それだけで、嫌なのに、K先生は、卵管の通りを治す手術を、すると言う。

 

 

私は、躊躇しました。

 

 

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拒んではいましたが、一つ分かった事がありました。

リリ夫は、本当は、望んでいたのです。

いや、K先生に、何か吹き込まれていたのかも知れません。

 

 

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そして、男性も、辛く恥ずかしい検査をしていたのです。

 

 

私は、手術する事にしました。

内視鏡で、穴を三つ開け、何かするみたいでした。

手術の様子の、ビデオは、リリ夫が見ていた様です。

(後から知りました)

なぜか、義母も見ていて、肉が数日食べられなかったと言っていました。

(じゃあ、見るなよ)

 

 

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気がつくと、穴は四つだったけどね(笑)

 

 

そして、手術の半年後には、リリ娘を授かる事になりました。

(私が一番ビックリしたけど)

 

 

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こんな世の中で、こんな親で、大丈夫なのだろうか?

 

 

何の意味があって産むのだろう?

 

 

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この後も、本当に色々あって、今に至るのですが、一般的でない女が、一般的でない出産をし、一般的でない、子育てをしています。

(後日、書く事があるかも)

 

 

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人の生き死には、奇跡なんだと、つくづく思わされました。

 

 

明日、死ぬかも知れない。

でも、育て、生きている限り、続き、受け継がれて行く。

 

 

とても、辛く、長い道のりを、この子に与えてしまった。

 

 

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いつ、誰がいなくなっても、後悔しない様に、生きたい。

 

 

この世に、産んだ事を後悔しない様に(少なくする様に)、もう少し生きるから。(多分)

 

 

やりたい事は、出来る限り、させてあげるから、死を迎える時に、ほんの少しだけ、母の事、思い出してくれたら、嬉しいな。

 

 

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〜  リリの内緒の話し  〜

 

 

私は、あまり、自分の子供の、大変な話し、辛い話しは、してません。

そのせいか、能天気に思われる様です。

子供って、大変です。

私だって、たくさん泣きましたよ(一々言わないだけ)

 

知らない方々は、今までも、ホームページを荒らし、その他のサイトも、閉鎖に追い込まれたり、ここはいつまで続くのかな?

 

 

ここまで、どんな閲覧をし、どんな気持ちでいましたか?

 

 

リリ

 

 

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